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7822.佐渡汽船カーフェリーの軌跡・第2回~国鉄列車・夜行バスで行く佐渡の旅

連載記事・佐渡汽船カーフェリーの軌跡です。前回の「佐渡汽船カーフェリーの軌跡・第1回~自動車輸送時代の幕開け!日本海初のカーフェリーさど丸登場」に続き、今回は「佐渡汽船カーフェリーの軌跡・第2回~国鉄列車・夜行バスで行く佐渡の旅」です。

佐渡に向かう交通手段、例えば東京からだと新潟か直江津まで向かう、新幹線開業前の主な交通手段は以下の通りです。

L特急とき号上野~新潟
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L特急白山・あさま号上野~直江津
急行佐渡号上野~新潟
急行妙高号上野~直江津
臨時夜行バス大宮~新潟・直江津

L特急ですが、あさま号は直江津まで行く列車はかなり本数が少なかった記憶です。急行はどちらも夜行でもありました。妙高号は勿論信越本線経由で碓氷峠を通過した列車でもあります。臨時夜行バスは東武バスが貸切観光バスを活用したもので、5号車ぐらいまで連なっていたような記憶です。
当時の東京から直江津までの足は夜行で行く事が圧倒的に多く、自家用車・バス・急行妙高のいづれかで行ってた記憶です。夜行で行けば翌朝の船に流し込めるからです。
車だと当時の関越道が高崎までしか無く、その先は下道で行くしか無かったので、真夜中の碓氷バイパスを通過して直江津に向かったりもしました。夜中にも関わらず群馬県内でも渋滞してたりもしました。あまりにも渋滞がひどい時は長野県内の知人の家に泊めてもらった事もあるぐらいです。東京と違って真夜中の信州では空気が澄んでいたので、夜空の星が沢山見えたのもよく覚えてます。

急行妙高だと169系で、当然横川~軽井沢間を機関車との協調運転で通過したはずなのですが、こちらも真夜中の通過でしたので、記憶にはありません。グリーン車も2両だったか連結されており、それで直江津へ向かいました。
新幹線開業前ぐらいの佐渡汽船はこんなラインナップでした。
新潟両津航路カーフェリー:おとめ丸・こがね丸
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おとめ丸とこがね丸は姉妹船扱いなので、形がほぼ同じです。写真のおとめ丸は直江津港、こがね丸は小木港で撮影したので、両者共に直江津航路に転用された後の姿です。

新潟両津航路ジェットフォイル:おけさ・みかど
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ジェットフォイルは2隻だけでどちらもアメリカ・ボーイング社製の高速船でした。ジェットフォイル導入は1977年と上越新幹線開業よりも5年も前ですが、その頃から上越新幹線開業を意識した上での導入とも言われています。

寺泊赤泊航路:さど丸
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直江津小木航路:おおさど丸(初代)・みゆき丸
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カーフェリーは新潟・直江津航路各2隻ずつで、中間点で必ずすれ違うようになっています。やはり新潟両津航路のカーフェリーが大きめで、両者共に普通乗用車を100台は積載できる能力のある船でした。
一方の直江津小木航路は新潟航路より一回り小さいカーフェリーが使われていました。母の実家が小木から近い場所にありましたので、帰省の際は殆ど直江津小木航路経由でしたので、新潟からの新し目のカーフェリーにはよく憧れたものです。

直江津航路の船は新潟航路で使っていたお古の船を回す傾向があり、新造船は新潟航路からの導入ばかりで、直江津航路の扱いが後手になりがちでした。これは東武に例えると、本線に新車を入れて余剰になった旧型車を野田線に転属させる感覚と似ているように思えます。

我が家の佐渡帰省は夏休みだけでした。それ以外の季節だと、船の本数が少なくなったり、大雪で行くのが難しくなることからです。

裕福ではなかった我が家は、いつもカーフェリーの2等で、船室の場所取り合戦によく遭遇しました。特に車で乗船すると船室の場所取りは難しくなります。それは乗船のタイミングが車だと車両甲板に入るまでの時間を要するので、その間に車を介さずに直接船に乗船する客に席を奪われやすいのです。車両甲板は夏はかなり蒸し暑く、かなりかつかつに車を甲板に敷き詰めるので、甲板内の乗組員からの指示がタメ口だった上にかなりシビアだったような印象です。

それに車のエンジンは、乗組員からの指示があるまではかけることは許されません。それは車両甲板内で排気ガスが充満するのを避ける為です。なのでエンジンがかからないとエアコンも使えないので、夏場で車での降船待ちは蒸し風呂状態でした。

船室にスペースが無いと、外の甲板にあるベンチで2時間半の船旅になりましたが、潮風に吹かれながら海がよく見えたので、それは違った意味で良い思い出になったりもしました。

フロントに行けば先着順で毛布も無料で借りられ、タイミングが遅いと毛布が借りられなくなります。私の母は乗船してすぐにフロントに駆け込み、毛布争奪戦に参戦していたものです。

船は絨毯席が中心なので横になる人が多いです。船酔いを避ける為もあるかもしれませんが、特に佐渡の人は比較的おとなしめの人が多いようで、到着地までずっと寝ている人が多いように思えます。佐渡出身である私の母もそうでした。

佐渡航路は元々グループ客が多いのも特徴で、みんなで広い絨毯席でおつまみやお菓子などを囲みながらお酒を嗜み広々と過ごしたりと。それは鉄道旅では味わえない船旅の醍醐味とも言えるでしょう。佐渡はバイクツーリングのメッカでもあるので、よくツナギ姿でヘルメットを持ったライダーのグループ客も船内でかなり見かけました。それに引き換え、出張と思われる乗客はあまり見かけなかったような記憶です。

次回は「第3回:上越新幹線・関越自動車道開通!ジェットフォイル登場にみる佐渡への高速アクセス実現」の内容でお送りします。


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