5906.初代成田空港駅

2010年6月の記録です。京成電鉄は東成田駅を訪問した時の様子です。

▼01.初代成田空港駅なので、駅前にはターミナルまでのバスが居た。


ここが成田空港駅を名乗っていたのは、初代AE形が現役だった頃ですね。

▼02.芝山と京成の境界駅。


現在は成田国際空港に改名したはずですが。

▼03.古い空港名表記が残る。


ジェットパックの看板跡がかつての空港駅の面影を感じさせます。

▼04.広い階段はかつて多くの海外旅行客を通してきた。


この時は私と私の友達しか居ませんでしたので、ずっと駅員さんにジロジロ見られていましたw

▼05.かつての空港駅なので、かなり広い。


この通路は一人で歩かないことをお勧めします。

▼06.この通路はかなり長くて怖い。


別にホラーアイテムでは無いのに、何だか怖かったです。

▼07.この壁画は外国からの旅行客を意識したものと思われる。


かつての栄華を誇った初代成田空港駅は、東成田駅と名を改め、静かに佇んでいました。

▼08.多分この辺りにお店が沢山あったと思われる。


この写真は旧gooブログで掲載していました。
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5905.熊本にある危険な位置にある郵便ポスト?

2009年7月の記録です。熊本電鉄は黒髪町~藤崎宮前間で撮影した写真をご紹介します。

▼01.併用軌道だが砂利がある。


線路とポストの位置関係が絶妙です。

▼02.危険な位置にある郵便ポスト。


お店を出たら目の前を電車が通過するので、慣れてないと驚くことでしょう。

▼03.酒屋の目の前を電車が通過。


▼04.銀座線車両もここを通過する日が来そう。


模型では、最近この電車のN化が決定した模様です。

▼05.最近はくまモンラッピング車も存在する。


撮影後は阿蘇くまもと空港から飛行機で帰京しました。

この写真は旧gooブログで掲載していました。

5904.SPACIA/Ryomo/東武博物館



我が家の車両基地モジュールの背後に壁を設置しました。

材料は本棚で使わなくなった仕切り板で、木ネジで固定しました。奥の桜の木が後ろにひっくり返りそうだったのもありますが。

さらに壁には昔東武博物館で購入した懐かしいデザインのステッカーでデコりました。スカイツリーがデザインされているものより、やはりこのロゴが一番ですよ!

5903.6年前の新京成

2009年8月の記録です。早朝に新京成を撮影してみました。

▼01.8800形のバーコード塗装は短期間で見納めになりそう。


まずは北習志野です。現在ではこれらの車両の新塗装化が進められています。

▼02.ラッシュ時のみの新津田沼行き。


8両編成も当たり前の時代でした。

▼03.まだ800形も現役だった。


別の駅に移動しました。

▼04.N800形はまだ塗り替えられていない。


新京成から8両編成が消滅したのは、以下の要因が挙げられそうです。

01.武蔵野線や北総線(成田SA)に東葉高速線などといった路線との乗り換え駅が増え、通しで乗る客が減った可能性。

02.ラッシュ時でも6両で十分回せるようになった可能性。

03.バブルが弾け、団塊の世代が多く退職し、電車に乗らなくなった沿線民が増えた可能性。新京成沿線を見ていても高齢化が進んでいるようにも。

04.異なる長さの編成を混在させず、全て6両化することで、予備の削減及びホーム上での案内の明確化を考慮した可能性。

05.6両しか出来ない京成乗り入れ対応に柔軟に対応出来るようにした可能性。

こんなところでしょうか。あとはホームの長さが8両のままなのですが、これもどうするのでしょうね。松戸駅も車両が来ない部分の蛍光灯が点いたままなので、無駄に思えるのですが・・。これは管理人の予想の域を越えませんが・・。

▼05.800形の入庫運用を撮影してから撤収。

5902.AE100形のイブニングライナー

2010年6月の記録です。会社帰りに京成イブニングライナーに乗車した時の様子です。

▼01.まだAE100形の時代だった。


現在のイブニングライナーは新AE形になっております。イブニングライナーはスカイライナーからの折り返しなので、現在のAE100形は入れなくなっております。

▼02.青砥に停車中。


この当時、来月には成田スカイアクセス開業を控えていたので、新AE形に変わる前に乗り納めしたのです。

当時は松戸に住んでいましたので、一旦精算の上、ここから津田沼経由で帰宅しました。

▼03.八千代台で下車。



この3600形は現在は芝山鉄道車でなく、京成電鉄車に戻っています。

▼05.待避にはこんなレア車が。


この写真は旧gooブログで掲載していました。

5901.山陽→東武

5月27日、鉄コレ山陽電鉄からの改造による、東武7300系中間車(タイプ)が完成しました。


▼01.サハ300形


しっかしオリジナルの東武と異なり雨樋が高いのが気になりますが、山陽のままにしておくよりは遥かにマシです。

▼02.モハ7300形


屋根には四角いベンチレーターがありましたが、ヤスリで削り落としてパテで埋めてからサフ~GMダークグレーで塗装~GM63系用のベンチレーターを装着しました。

▼03.4両固定編成を実現!



一番苦労した部分です。車体の切断はピンバイスで沢山穴を開けてミシン目状にしてから、ニッパーで少しずつ切断しました。

さらに切断した車体の端をニッパー切断とヤスリがけを繰り返しながら、結合出来るサイズに調整~パテと余剰パーツを使って車体の結合を行いました。

この作業で2両の中間車を作成するのに4両の車体を使いました。

▼05.運転室撤去~客室を切り繋いだ部分。


仕上がりは雑になってしまいましたが、雰囲気は出ているかな?と思います。車番は後日考えます。

5900.6両・4両・2両

2012年11月の記録です。東武日光線板荷~下小代間で撮影した6050系の写真をご紹介します。

▼01.6両


▼02.4両


6両以外は普通列車でした。

▼03.2両


6050系ならどの長さでも似合いますね。新型特急500系は24両増備との事なので、300系列(プラス1819Fも?)置き換えで落ち着きそうです。

しかし500系は分解併合が可能な車両という意味では、6050系の運用にも影響を与えそうな車両にも思えます。

この写真は旧gooブログで掲載していました。

5899.オール8000系が崩れた瞬間

2013年3月の記録です。七光台支所を敷地外から撮影してみました。


▼01.今見ると尚美しいオール8000系の図。


今の野田線では60000系16編成、10000系6編成と銀色の電車だけで22編成も居るので、このように8000系だけで並ぶ確率はかなり低いのではないかと思われます。

▼02.入れ換え用踏切からはこんな感じでも撮影出来る。


10000系が踏切まで来ました。しかし本線に出る事無く、別の留置線に向けて進んで行きました。

▼03.運河表示の10000系登場!


まだ森林公園区から来たばかりなので、帯はマルーンのままです。このまま野田線に投入かと思っていたところ、ファミマのような帯に変わった写真を見て仰天したものです。

今思えば、その色になった時点で野田線の愛称が決まっていたのかもしれません。

▼04.遂に真っ白で無くなってしまった。


▼05.幌が外れておらず、岩槻行き表示。


この写真は旧gooブログで掲載していました。

5898.日本最南端の駅

2012年5月の記録です。沖縄はゆいレールの赤嶺駅に行った時の写真です。





モノレールなので、れっきとした"鉄道"駅では無いですが・・。月曜だったのもあり、私だけしか撮影してませんでした。ここに来たら、次は日本最北端の駅にも行きたいものです。

この写真は旧gooブログで掲載していました。

5897.早朝の優等車両待避

2012年5月の記録です。京成電鉄市川真間駅で撮影した写真をご紹介します。

▼01.新AE形が待避線に。


これは宗吾からの送り込みです。早朝ですとこのようにスカイライナー車両の待避が見られたのですが、今もこのようなダイヤなのでしょうか?

▼02.ちはら台行きと並ぶ。


生憎モーニングライナーとは並びませんでした。

▼03.発車。


▼04.まだこんな電車も居た時代でした。


この写真は旧gooブログで掲載していました。
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スカイツリーと乗り物が好きなアラフォーのブログです。

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